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一般財団法人環境イノベーション情報機構「首長に聞く!」

ページID:532994464

更新日:2019年12月13日

一般財団法人環境イノベーション情報機構「首長に聞く!」に掲載されたものです。
白鳥市長が考える伊那市の特徴や環境保全について、同財団 功刀正行 専務理事と対談しました。
(原稿提供: 一般財団法人環境イノベーション情報機構 様)

第4回 長野県伊那市・白鳥市長に聞く「最先端の取り組みをしていると、自ずと人々の目が向いてくる」

聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 専務理事 功刀正行
ゲスト:伊那市長 白鳥孝(しろとりたかし)さん

1955年5月25日、長野県伊那市生まれ。

立教大学社会学部卒業。

25年間の会社員生活のあと、伊那市収入役、副市長を経て、2010年4月に市長就任。現在3期目。

目次 

  • 伊那に生きる、ここに暮らし続ける
  • 風景・風土は、昔から繰り返してきたバックボーンだから、それを変えるということは、生き方そのものを変えることになる
  • 山づくりは1年で答えが出るものではないが、100年先になると誰も見ることができなくなる
  • シカを減らすということは、ある意味で災害を防ぐことにもなる
  • 省力化だけでなく、いかに効率よく作って高く売るか、そこにスマートの技術を導入すべき
  • 自動運転やAIを使った最適運行・自動配車サービスで、新たな交通体系による運行の効率化と利便性の向上を図っていく
  • 今の環境がそのまま10年後にあると思っていると失敗することになる
  • 自覚と意識を持って動いているところが一つ一つ増えていって、日本を支えていく

伊那に生きる、ここに暮らし続ける

功刀専務(以下、功刀)―本日は、伊那市の白鳥市長にご登場いただきました。どうぞよろしくお願いいたします。
さっそくですが、市長から地域全体についてのご紹介をお願いしたいと思います。


白鳥市長― 南アルプスと中央アルプスの真ん中に天竜川が流れていまして、それと南アルプスの仙丈ケ岳から流れてくる三峰川(みぶがわ)が伊那で合流しています。そのほかにも中小河川がいくつも中央アルプスや南アルプスから入ってきていまして、自然環境としては非常に恵まれた地方都市だと思っています。私も朝晩に山を見ながら出勤をしていますので、そういう点では、本当に豊かな自然だなと思うんですね。
一方では、地方創生と昔から言われているんですけど、全然完成に近づいていないと思っています。なぜかというと、食べるものを自分たちの力で生産し、飲み水にしても山の手当てをしてそこから出てくる水を農業にも飲料水にもする。それから地域で生み出すエネルギー、これらが自活できないと地方創生は成り立たないと思うんですね。
そうしたことを考えると、エネルギーも木質バイオマスや小水力などの再生可能エネルギーを使って、しかも使う電気も照明をLED化するなど必要以上には使わないという生活スタイルがまずベースにあって、その上に製造業だとか福祉、医療などがのっかってくる。その一番大事なところがないと、地方創生はうまくいかないだろうというのが私の考えなんですね。
それを実践するうえにおいては、伊那にはアルプスもあるし、農地や森林資源も豊かにありますので、具現化するための一つのよいパターンになるんじゃないかなと思っています。


功刀― 今お話のあったエネルギーですけど、昔は輸入したエネルギーしかないと思っていたのが、今は小水力や木質バイオマスなど従来ではあまり考えられなかったエネルギーが使えるということが、地方にとっては逆に有力な武器になると考えてもよろしいのでしょうか。


白鳥市長― ええ。ただ、第一次、第二次オイルショックがあった時には、イルミネーションも消したりと、結構象徴的なことで皆さんアクションを起こされたんですが、今の時代はそういうことをあまりやっていないんですね。
エネルギーも化石燃料だけに頼っていた時代から徐々に脱却してきていますから、使う側の取り組みも強化していく必要があります。


功刀― 自分たちのところで作っているんだから、それを無駄にしないで、ある範囲のところでうまく使うという形に持っていかないといけないんじゃないかということでしょうか。


白鳥市長― そうですね。農業や林業も後継者不足や高齢化が常に付いてまわっているんですけど、それを上手に置き換えて解決するものが、今の新産業の技術だと思うんですね。だから、私にしてみると非常にタイミングよく新しい時代がやってきたなと思うんです。


功刀― なるほど。いきなりだいぶ核心のお話に入ってきていますね。


風景・風土は、昔から繰り返してきたバックボーンだから、それを変えるということは、生き方そのものを変えることになる

功刀― ちょっとプライベートに関わる質問になりますが、市長ご自身についてお聞かせいただきたいと思います。白鳥市長は、伊那市のご出身で、大学時代を除いて一貫して地元の伊那市にお住まいになっておられます。25年にわたる会社員生活のあと、伊那市収入役及び副市長を歴任され、平成22年に市長に就任、現在3期目を迎えられています。故郷・伊那への思いとそれから市長がこのまちでめざされていることをお聞かせいただければと思います。


白鳥市長― 伊那への思いということで、私が市長になってからは一貫して、“伊那に生きる、ここに暮らし続ける”ということを言っているんですね。ある意味、覚悟です。これと同じ思いを市民の皆さんが持ってくれれば、この地域の人口減少もだんだん弱まっていくだろうし、自分たちが生きるために何をするかというのも自ずと考えていくことになるんじゃないかと思います。
行政の仕事はなかなか多岐にわたっていますので、これを一人でやることはもちろん無理ですし、ある意味で分担をして、職員と、あるいは市民の皆さんとともにやっていくということできていまして、かなりの部分でいい形が見えてきているのかなと思います。
もう一つ、私が大事にしているのは、“変えない”ということです。特に景観については、今のままで次の世代にバトンタッチしていくことを重視しています。家の色や看板、あるいは建物の高さなども規制をしています。
風景・風土というのは、昔から繰り返してきたバックボーンですから、それを変えるということは、生き方そのものを変えることになると思うんですね。だから、“変えない”。それから、行き過ぎたものについては戻すということで、今取り組みを進めているんですね。


功刀― 日本の街並みは非常にごちゃごちゃしていて、例えばヨーロッパと比べると一貫したところがないとよく言われますよね。長い間暮らすためには、変わらず一貫した景観を保つことが大事ということでしょうか。


白鳥市長― 農業景観はもちろんですし、家並みもそうですよね。特にこだわっているのは看板です。色合いや材料、フォントなどもすべて極力統一しようということで、企業もいっしょになって始めています。
山も、実はそうなんですね。戦後になって、戦前・戦中に大量に切ってしまった木々をカバーするために成長の早いカラマツを一面に植えて、標高2千m以上までカラマツ林になっています。これは時代の背景があるので、否定はもちろんできませんけど、そうした純林を混交林に造り替えていくというか戻すということですよね。これも私たちはしなくちゃいけないということで、今、「伊那市50年の森林(もり)ビジョン」という計画を立てて進めています。
風景も、山も、そして看板も同じで、いろんなことを“変えない”というのが基本かと思います。


功刀― やはり、ご自身が長くそこに住むためには、ご自身が好きな風景を変えたくない。それをご自身ももちろんだけど、子孫にも残さなければいけないということなんでしょうか。


白鳥市長― そうですね。


山づくりは1年で答えが出るものではないが、100年先になると誰も見ることができなくなる

功刀― 少し、具体的な話をこれからお伺いしようかと思います。
伊那市は、市域の約82%を森林が占めていると伺っております。緑豊かな自然に囲まれている反面、ほとんどの森林は老木化しつつあるし、一般的に言われているように林業は斜陽化している。そうした中で、先ほどご紹介いただいた「50年の森林(もり)ビジョン」を平成28年に策定され、ビジョンに基づく森林のゾーニングあるいは植林など具体的な事業も開始されていらっしゃいますし、森林資源や人材の育成及び活用に関する森林循環の創出などを進めておられます。このビジョンについて、お話しいただけますでしょうか。


白鳥市長― 山づくりというのは、1年で答えが出るものではなくて、やはり50年とか100年という時間がかかるものなんですね。それを考えて、せめて50年サイクルで山を造り替えていこうと立てた計画です。
さっき申し上げたように、戦後の30年代~40年代に植え替えた木が成長しきっていまして、もう伐期に入っています。これを放っておけば、だんだん中が空洞化して腐っていって、自然に倒れてしまいます。先人が植えて、育ててくれたものなので、上手に使うことが大事ではないでしょうか。
計画自体は平成28年度から始まっているんですけど、26年度から計画段階に入って準備をしていました。2年かけてじっくり関係者と話をして、実行のキックオフを迎えたのです。
皆さん、山を見るのに100年のサイクルで考えますが、そうすると誰も100年後のことを見ることはできないんですね。50年だったら、子どもたちや今の20歳くらいの若者たちまでは見ることができますから、そうして繰り返し、繰り返し、世代を巻き込んでいくわけです。50年後は最初の50年間で、51年目からはまた次の50年間が始まるという、そういうサイクルを作ろうということです。
森林の持つ多面性を考えると、単にCO2を吸収して酸素を出すというだけじゃなくて、手入れをすれば土砂災害を防ぐ山ができますし、昆虫や植物など生態系を育むフィールドとしても重要な場です。一方で、エネルギーを供給してくれる場所ですから、間伐したあとそれまで切り捨ててあった林地残材をペレットや薪にして、それを生活の中に取り込んでいく。
森には多様な機能がありますから、その機能をもっともっと発露させ、使っていくべきだと思うのです。そのためには、森林就業者を増やしていかないといけないし、山も知らないといけない。伊那では、きちんとした業としてもっていきましょうということです。


功刀― 今お聞きして、どうして50年にされたのかというのがよくわかりました。人の一生で考えると50年を一区切りにすれば、20歳でスタートしても70歳ですから、しっかりと見届けることができます。それは、次の世代にまたつないでいこうという意欲にもなりますよね。素晴らしい発想です。


白鳥市長― 今、伊那市内にあるペレットの工場では年間3500トンを生産しています。生産量だけでいえばもっとたくさん生産しているところもありますが、材料を外国から輸入して生産していますから、純然たる日本の木を使って作っているという点では、伊那市は日本最大級といえるのではないでしょうか。
ペレットは、6~7年前まではあまり使っていませんでした。用途がストーブだけでしたので、冬場しか使っていなかったのです。私の代になってペレットボイラーを導入しまして、公共施設や学校の給食施設、保育園はすべて切り替えました。民間でも、福祉施設などにペレットボイラーを入れてもらっています。灯油や重油から、身近で再生可能な自然エネルギーに換えていくということを今進めているところです。最近は農業用のハウスにもペレットボイラーを入れ始めています。花はまだこれからですけど、トマトやイチゴなどの野菜用ハウスで導入しています。
問題は、ペレットのラインがもう足りなくなっていることです。これ以上普及してくるとショートしてしまうので、何とかしてもう1ラインつくろうと検討していまして、早々に動かしたいと思っています。


功刀― 今後ますます普及しそうですね。


白鳥市長― 今、日本各地で、商社が入ってかなり大規模なバイオマス発電を始めようとしていますよね。これは非常に危険です。FITの価格があるので、巨大な設備を造って、すべての森林資源を集めてお金を稼ごうということになるわけで、そんなことをしていると森林資源もいずれなくなって、海外から輸入して発電することになります。
伊那地域でも、今いくつかの商社が入ってきているんですけど、絶対だめだと、それは絶対にさせるなと、抑えています。自分たちが使う、身の丈に合った生き方と、それに必要な食べ物やエネルギーをよく考えて、完結できる範囲でやっていく。再生可能エネルギーだからいいということでは決してないと思うんですね。規模や循環を考えて、その中でやっていけばいいんですけど、それを越えてしまうのは非常に危険だと思います。


功刀― よく地産地消といいますけど、それは地域の中での循環ですから、外に出すために作るのではやり過ぎだということですよね。


白鳥市長― いわば江戸時代の藩のやり方ですよね。藩の中で、産業にしても人材にしても、完結できていました。ある意味で理想形じゃないかと思うんです。
伊那では、地形からみれば、小水力発電機やマイクロ小水力発電機をいくつも設置できます。ただ、ここにも水利権という厄介なものがありまして、国の方で本当に考え直すべきだと思います。農業用水でも発電できるんですけど勝手には使えませんし、川でもちょっとした堰堤を使って発電して、同じ水量を戻せば別に問題はないと思うんですけど、でもだめだと。この制度を見直さない限り、普及していかないと思います。


功刀― 農業用水に関しては権利がものすごく強いですよね。そのため、農繁期は水が流れているけど、冬場には水がほとんど流れなくなって、水路がものすごく汚れて、景観も悪くなっているところも少なくありません。その対策が必要だというので、冬場にも水を流して市民共有の場所として水遊びや散策に利用する地域もあるようです。総合的な水利用を考えて、お互いにうまく利用するということが大事ですよね。


白鳥市長― そこはまたいろいろと厄介なことがあります。伊那の場合、冬場に水を流すと凍りついて傷んでしまうこともありますから、例えば、土地改良区で造った水路は農業をするために造って維持してきたものなので、景観が悪いから水を流せというのはうまくいかないんですね。なかなか難しい問題です。


功刀― 水の利用というのは、今後の課題なんでしょうね。


シカを減らすということは、ある意味で災害を防ぐことにもなる

功刀― 先ほどの森林の保全・再生について、最近、一番問題になっているのが、野生鳥獣による被害、特にシカの害だと思います。森林育成の努力をすべて無にしてしまうくらいの圧がシカ害によって起きていると伺っていますが、伊那市ではいかがでしょうか。


白鳥市長― 伊那市というより南アルプス全体で、シカの頭数は非常に多くなっています。実は伊那市では、13年ほど前から対策を取っていまして、ニホンジカから高山植物を守るため、林野庁、長野県、信州大学と伊那市を含む関係市町村で「南アルプス食害対策協議会」を組織しています。いろいろと試行錯誤してきましたが、結論としては、雪が融ける頃にあがっていって、ネットを張って、ネットの中の植物を保護し、また秋の終わりの雪が降る前にネットを外して、雪崩で流されないようにしておくということを繰り返して、これまでの10数年やってきたんですね。
ネットを張ったところは植物が戻ってきましたが、ネットのないところは全然ダメです。何か所か作っていまして、ネットの総延長は1キロメートルを超えています。
農地のまわり、つまり山と農地の間の中山間地域にもすべてネットを張って、シカが入らないようにしていますから、中間域の山地に、シカが山ほどいるのです。


白鳥市長― そうした時にやはり根本的な解決のためには、シカの数を減らす必要があると、猟友会の皆さんと連携して、数年前まで年間5000~5500頭ほど捕獲していました。これは日本で一番獲っていたと思います。ところが、八ヶ岳山麓や南アルプスの山梨県側ではそれほど獲れていないので、結果として伊那市でいっぱい獲っても、他の地域からまた入ってくるという状況です。とにかく徹底的に減らそうということで今やっています。
それでも、だいぶ減ってきまして、最近は1500頭くらいしか獲れなくなっています。一番効率がいいのはくくりワナといいまして、ワイヤーを木にくくり付けてテンションを張って、シカの足が入るときゅっと締まってしまうというものです。伊那市ではこのくくりワナを数百台貸し出していまして、それを猟師の皆さんが仕掛けてきました。猟師が1人でワナを20個ほど山の中にかけていまして、毎日見回りに行くわけです。昔シカがたくさんいた頃はどんどん獲れたんですけど、今は空振りが多くて、見回りが大変になってきました。
3年ほど前に、伊那でハッカソンというイベントを実施したときに優勝したのが、獣害対策として、くくりワナにかかった瞬間にセンサーが働いて、携帯電話に情報がくるという仕組みでした。GPSを使うとコストがかかりすぎるのですが、伊那では今、次世代無線通信規格の一つである「LoRaWAN」という低消費電力で長距離のデータ通信を可能とする技術を導入していまして、これを使うと月間300円くらいでできるようになります。これで空振りがなくなれば、だいぶ楽になるわけです。
もう一つは、ドローンを使って自走飛行でシカを探し出すということもやっています。これも一昨年の10月に実験をして、技術的には成功しています。今はその次の段階に入っていて、携帯通信をつけたシカを囮で放して、群れをつくるシカの習性を活かして群れの中に入ったシカの位置を把握して、そこにドローンを飛ばして、頭数や地形のデータを取得して、そのデータをもとに、猟友会で一網打尽にするという実験を始めています。

功刀― ドローンなど最先端の技術をそういうところにも応用されているのですね。
どうしてこの話をお聞きしたかというと、日本の森林が劣化していると同時に、植林をしてもほとんどシカに食べられてしまうと伺っているからです。やはり日本全体でそういった取り組みをしないといけないんでしょうね。


白鳥市長― 南アルプスの場合、高山帯の3000mまでシカが上がってきています。そのシカが林床植物を全部食べてしまっていて、雨が降るといきなり表土が流れ出してしまうのです。結果として、今、南アルプス全体でどんどん崩落が始まっているんですね。ですからシカを減らすということは、ある意味で災害を防ぐことにもなるので、これはもう大至急やらなきゃいけないことです。
それともう一つ、あまり知られていないんですけど、大型動物が糞をすると、中にジアルジアとかクリプトスポリジウムという菌がいて、これが簡易水道などに入ると大変なことになります。それも考えると、適正な数はわかりませんけど、ほとんどゼロに近づけるようにしていかないと、すべてのバランスが崩れるんじゃないかと、そんな思いで今、対策を進めています。


省力化だけではなく、いかに効率よく作って高く売るか、そこにスマートの技術を導入すべき

功刀― この話はまだまだ尽きないと思いますが、次の話題に移らせていただきます。
伊那市では、平成31年に、10年後を見据えた「第2次伊那市総合計画」をスタートされておられます。新たな将来像として、「未来を織りなす 創造と循環のまち 伊那市」を掲げていますが、特に環境との関係など、今後の展開についてお聞かせください。


白鳥市長― 先ほど来話をしている、“エネルギーと食料と水を自給できる地域づくり”を一番の底流に置いています。それで、「未来を織りなす 創造と循環のまち」というキャッチフレーズを立てました。農業でも林業でも、本当に後継者の問題が深刻です。ところが今の時代、本当に福音だなと思うのが、新しい技術が次から次へと出てくることです。農業でも、今はスマート農業ということで、無人のトラクターや田植機で作業ができたり、田畑にドローンを飛ばして成長の度合いを見ながら管理して、弱いところだけ施肥したりできます。
今開発中なのが、土手草を刈る機械です。すでに45度の傾斜地まで刈れるようになっていますが、値段が高いのが課題です。また田んぼの水やりを、自動給水栓にして、気温や水量に応じて自動的に開け閉めして水を入れたり止めたりする、そんなスマート農業のプロジェクトを、クボタなどの民間企業と信州大学、地元JA、そして私たち行政がチームを組んで進めています。


白鳥市長― 一方で、林業もスマート林業ということで、こちらは長野県と信州大と民間企業、それから地元の森林事業者とでやっています。高性能機械を入れて木を切るのは当たり前なんですが、コマツではそれをクラウド化して、機械ごとの生産性をすべて把握し、制御できるというシステムをつくっています。

私たちにとってありがたいのは、新しいソフトの開発によって、山の中の1本1本の木が、樹種ごとに位置も高さも材積量も瞬時に解析できるようになってきたことです。この山にはアカマツとカラマツがそれぞれ何本ずつあって、材積は何立米あるというのが、ドローンでヘクタール当たり10分くらいあれば取り込めるのです。これまでだったら、3か所ほど抽出した中で樹種ごとの本数を数えて、それをもとに山全体の本数を推計するといったラフなことしかできなかったんですけど、今はかなり正確なデータがとれるようになりました。
これは、松枯れ対策でも効果を発揮します。松枯れは今伊那では随分と進んでいまして、枯れていれば人間の目でもわかりますけど、感染していても葉っぱが緑のままだと区別できません。ドローンに新しいソフトを載せて観測すれば、健全木と感染木や枯損木が一目瞭然に判別できて、健全木以外を選択的に切って処理をするということもできるようになります。今、その実験を始めているところです。

功刀― 今のお話しは、森林の戸籍簿づくりのようなことだと思いますし、一種の木の健康診断もできるということですよね。そんなAIやドローン技術など最先端の技術を導入した農業や林業が、すでに実験段階に入ってきている、あるいは実用段階に近いものもあるということですね。


白鳥市長― そうですね、一部はもう実用段階に入っています。
スマート農業は、トラクターの自動運転などだけではありません。例えば米づくりだったら、気温や雪解け時期など、何年もかけて積んできた経験をもとに勘でやっていますけど、それをデータ化して、そのデータに基づいてやっていけば素人でも作れるはずなんです。
農業は、いかに高品質のものを安定的に作るかということだと思うんですね。ハウス栽培でも、完熟度やサイズを測って、それを適切なタイミングで収穫して、製品として出荷する。いろんなところの市場価格も調べて、どこのマーケットに出すと高く売れるかというのもAIでわかる。野菜でも米でも、何にでも当てはまりますから、そういった農業環境を作っていくのが、スマート農業の目的ですね。


功刀― 作るだけではなくて、流通まで考えた、総合的な判断というんでしょうかね。


白鳥市長― 農産物というのは、昔から買い手が値段を決めるんですね。作物1つができるまでの日数とかける手間、種や資材などのコストから原価計算をして、1ついくらですと言っても、全然通用しない世界です。だからいかに効率よく作って、さらにそれを高く売るかという、そこのところが勝負だと思うので、そこにスマートの技術を導入すべきだと思っています。


功刀― 構想と実現への道のりでは、人材的にもノウハウ的にも大変なことがあったことと思いますが、その辺りのご苦労についてはいかがでしょうか。


白鳥市長― 伊那市では、今「スマート農業」「スマート林業」「スマート工業」「ドローン物流」「インテリジェント交通」「アメニティ定住」「ICT教育」という7つの新産業技術推進プロジェクトを動かしています。それぞれ最先端の技術を持つ民間企業の力をお借りしないとできません。予算は国からいただいて、いろいろなチームを組んで進めていますし、民間企業からは職員の派遣もお願いしています。情報通信の専門家に来ていただいているので、その職員を通じて企業の方で全部答えを出してきてくれます。国土交通省や農林水産省からも職員を派遣してもらっているので、国とも常に情報のやり取りができています。


自動運転やAIを使った最適運行・自動配車サービスで、新たな交通体系による運行の効率化と利便性の向上を図っていく

功刀― 以前お会いした時、地方で一番困っているのは移動手段だということを伺いました。高齢化社会がますます進んでいく中、伊那市ではコミュニティバスなどではなくて、自動運転やAIを使った最適運行・自動配車サービスなどに取り組まれていて、それもかなり進んでいるそうですね。


白鳥市長― 今、日本中で高齢ドライバーによる事故の危険が盛んに言われていますけど、地方の場合、免許を取りあげてしまったら移動手段がまったくなくなってしまうんです。ではどうしたらいいかというので、どこの自治体もバスを走らせるんですが、結局、乗っていないんですね。原因は、バス停まで行くのが遠いとか、雨が降ったら出かけられないということだったりします。
伊那では、AIによる最適運行・自動配車サービス(SAVS)という仕組みの、路線バスの乗合性(ライドシェア)とタクシーの即時性(オンデマンド)を両立した、ルートを固定しない新たな交通体系による運行の効率化と利便性の向上を目指しています。
具体的にいうと、タクシーを複数台用意しておいて、AIを使って利用者の希望を調整してルートを決めます。例えば、Aさん、Bさん、Cさんから、それぞれ役場に行きたい、買い物に行きたい、温泉に行って診療所にも行きたいなどとランダムにオーダーが入ったら、その都度AIが判断して、まずはAさんとBさんを送って、戻ってきてからCさんを乗せるというルートを引き出します。運転手は指示された通りに動いていけばいいわけです。そんな仕組みを、今、実験しているところです。
これは名古屋大学といっしょにやっている事業ですが、実はすでに次の段階に入ってきていて、来年には実用化します。そうなると、バスを使わなくても、玄関先から目的地まで行けて、帰りも同じように送ってくれるという仕組みです。


功刀― 要するに、ビッグデータをうまく蓄積して利用していくということでしょうか。便利になりますね。


白鳥市長― 実験をしているといろいろな課題が出てきています。例えば、大型のタクシーも導入したんですけど、Aさんのところは道が狭くて大型のジャンボタクシーでは入れないということもあるわけです。あるいは、木の枝が覆い被っていて通れなくなっているということも発生します。それをAIが記憶していって、Aさんのところには小型のタクシーを配車するといった判断までしてくれるのです。
今は、駅前にタクシーが5台も6台も待っていて、運転手さんたちが客待ちをしているという光景も見られますが、この仕組みが始まれば、かなり効率よくまわることができるようになりますから、利用者にとってもタクシー会社にとってもプラスになりますよね。
物流では、高遠から長谷まで、トンネルの中に磁気センサーを埋め込んで、自動運転で移動するという実験もしています。長谷にある道の駅を一つの拠点にしていて、買い物の注文に応じて、JAやスーパーから品物を運んできます。配送センターまで運ばれた品物をドローンで手元まで届けたり、直接ドローンで搬送したりすることもできます。さらに次の段階として考えているのが注文の仕方なんですね。電話で一々注文を取るのは無理ですし、FAXも全戸にあるわけではありません。ケーブルテレビのチャンネルを使って、テレビショッピングのようにテレビ画面から注文し、決済までするといったこともこれから実験していきたいと思っています。


功刀― いや、もう、ちょっと想像を超える多様さですね。本当にびっくりします。


今の環境がそっくりそのまま10年後にあると思っていると失敗することになる

功刀― 2027年に開通するリニア中央新幹線では、長野県内に駅が設けられるなど、高速移動時代に向けた社会基盤の整備も進んでいますよね。


白鳥市長― リニア開通は8年後と言われているんですけど、若干遅れるんじゃないかという見通しもあります。と同時に、三遠南信自動車道という、浜松から入ってくる高規格幹線道路が開通するので、そうすると浜松230万人都市と1時間半くらいで結ばれることになります。これも非常に、大物流路線として期待しています。
人を運ぶリニアと、モノを運ぶ中央道や三遠南信自動車道。こうした状況が10年近くのちにできるので、今の環境がそっくりそのまま10年後にあると思っていると失敗することになるわけです。10年後、どこまで技術が進んでいるかということを念頭に置いて、準備をしていく必要があるだろうと思います。
例えば、リニアの長野県駅に、広大なモータープール(駐車場)を整備するようですが、もう時代は変わっていると思うんですよ、恐らくは。リニアの乗客が駅から先の最終目的地としてどこに行くのかというのもデータとして捕えられます。伊那方面に15人、そこから高遠に行くのが3人で、木曽には10人行くといったことがわかれば、普通のタクシーとジャンボタクシーを配車すればいいといったことも準備できるようになります。さらにそこから先の目的地までは先ほどのSAVSのようなシステムで配送してもらえる。
ですからリニアの駅では、いかに早くトランジットするかという機能を持たせればよいわけで、そこで滞留する必要はなくなります。それを意識したまちづくりや駅の機能を考えていかないと、失敗するんじゃないかと思うのです。
一方では、ゆっくりと移動したいという人のために飯田線があって。それもちょっと早いやつと各駅停車が走る。
それと、車での移動もありますから、道路整備はきちんとやっていかなくてはいけません。伊那市でもバイパスの整備などを国や県にお願いして、始めているところです。


功刀― お客様のニーズの把握と、それに合わせた移動システムの構築ということですね。


白鳥市長― それはもう容易にできることなので。
それと、早く移動できるということで言うと、2地域居住とか、週末はこちらで生活をして、ウィークデーは都市部で会社勤めをするといった生活スタイルにも対応できるわけです。
新しい時代の環境を考えると、仕掛けはいくらでもできるんじゃないかなと思うんですね。


功刀― ものすごく多様なことをやっておられますけど、これらの実現のためには、人材がとても大事だと思います。IターンやUターンなども含めて、人材確保についてはどのようにお考えでいらっしゃいますでしょうか。


白鳥市長― 最先端の取り組みをしていると、自ずと人々の目が向いてきますよね。その情報発信をきちんとすることかなと思います。最先端のことができる環境が整備されれば、伊那で仕事をするという判断をする人も出てくるでしょうし、山登りやイワナ釣りが好きな人だったら伊那で暮らすという選択もあり得ます。そういう選択肢が広がるような発信をしていくことが大事だと思っています。
それと同時に、伊那地域で生まれた子どもたちにも地元のことをきちんと伝えていくことを大事にしています。私の高校の頃は、高校を卒業するとほとんどが県外に出ていって、帰ってくるのは2割ほどでした。それが半分帰ってくるようになれば、だいぶ変わると思います。
そのため、小・中学校の年代からの取り組みを、今、しています。2018年から始めている中学生キャリアフェスでは、市内の中学2年生全員を2つの体育館に集めて、地元企業の皆さん、製造業や農家、医師や看護師、それから弁護士など地元で働いている人たちと丸1日、子どもたちと直接話をする場を作っています。
大人が“地元には働く場所がない”なんて誤ったことを結論付けて子どもに言っているから、子どもたちも卒業したらどこかに出ていくしかないと思ってしまうんですけど、実はこんなに沢山の会社があって、地元で働いている人たちがいるんだという姿をじかに伝えてもらうためのフェスです。
去年は、個人も含めて110社くらいに参加してもらったり、伝統芸能をやっている皆さんにも披露してもらったりして、それぞれの仕事についてあからさまに見せる試みをしました。伊那で働くことがどんなにいいことかを伝えていけば、10年くらいすれば帰ってくる子も増えるだろうということです。


白鳥市長― 今、伊那市の人口は、自然増減でいうとまだ生まれる子の方が亡くなる人よりも少ないんですけど、社会増減でいうと、一昨年くらいから逆転現象が始まっています。つまり、伊那を出て行く人よりも伊那に入ってくる人の方が増えてきたのです。これからどんどん伸びていくと思います。
一発逆転満塁ホームランなんてできませんけど、コツコツやっていれば、自ずとそういう社会の姿ができるのかなと思います。


功刀― 子どもの頃に、大人が働いている姿をきちんと見せるということは、とても大事なんですよね。いやいややっている仕事では逆効果になりますけど、張り切ってやっている姿を見た子どもは、それに感化されますから。


白鳥市長― そうですね。50年の森林(もり)ビジョンの中でも、結構、応援団が都会にいるんですよね。その方たちがしょっちゅう伊那に来るんですよ。いろんな業種の皆さんで、何をしようというと、いつの間にかバーッと集まってきて、ディスカッションをして、じゃあこんな形にしようとまとめていく。そんな、おもしろい流れができてきているような気がしますね。


自覚と意識を持って動いているところが一つ一つ増えていって、日本を支えていく

功刀― これまで伊那市に焦点を当ててお話しをいただいてまいりましたが、最後に、他の地域へのメッセージ、あるいは日本の国民の皆さまに向けたメッセージを、ぜひいただければと思います。


白鳥市長― ちょっと大げさ過ぎるかもしれませんが、やはり食べるものと飲むものとエネルギー、これがきちんと自活のできる地域というのが、結果としては日本を支えていくと思うんですね。


白鳥市長― 職員には、日本を支える自治体になろうと、ずっと言っています。裏返せば、伊那がなくてはならない自治体として、日本を支えられるような行政になろうぜ!ということです。その中でも、新産業技術では5Gが始まったり、IoTが普及してきたりと、今までできなかったようなところでいろんな可能性が見えてきていますから、地方でも最先端のことができるということを示すうえでとても大きいと思います。
先ほど申し上げたように、江戸時代の藩のようなことができる地域が一番強いだろうと思うのです。ですから、それを今、地方の私たちができるところからやっていけばいいと思うんです。それが日本中でいくつも広がっていけば、自ずと地方創生につながっていくと思うんですね。そうした自覚と意識を持って動いているところが一つ一つ増えていって、日本を支えていくのだと思っています。


功刀― どうもありがとうございました。


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