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 3市町村の合併の歴史 平成16年12月15日 掲載

現在の3市町村の区域は、「明治の大合併」を経て「昭和の大合併」の際にほぼ確立され、現在に至っています。
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 明 治 の 大 合 併
明治22年の「市制・町村制」の施行に伴い、全国的に行われた町村合併です。
約300〜500戸を標準規模として行われ、全国の町村の数は約5分の1に減少しました。
 
 昭 和 の 大 合 併
昭和28年の「町村合併促進法」及びこれに続く昭和31年の「新市町村建設促進法」の施行により、町村数を約3分の1に減少することを目途に進められました。人口約8000人以上が標準規模とされました。
→ 総務省HP 「合併相談コーナー」 は こちらをクリック

年月日 伊那市高遠町長谷村

明治22年

4月01日

伊那村、伊那部村、福島村が合併して 「伊那村」 になる。

西高遠町、東高遠町が合併して 「高遠町」 になる。

上山田村、下山田村、小原村、勝間村が合併して 「河南村」 になる。

山室村、荊口村、芝平村が合併して 「三義村」 になる。


非持村、溝口村、黒河内村が合併して 「美和村」 になる。

中尾村、市野瀬村、杉島村、浦村が合併して 「伊那里村」 になる。

明治30年10月15日 伊那村が町制を施行して 「伊那町」 になる。    
昭和29年4月01日 伊那町、富県村、美篶村、手良村、東春近村、西箕輪村が合併して 「伊那市」 になる。    
12月31日中曽根が伊那市から分離し、中箕輪町に編入する。    
昭和31年6月15日 二軒屋が箕輪町から分離し、伊那市に編入する。    
9月30日   高遠町、長藤村、三義村が合併して 「高遠町」になる。  
昭和33年4月01日   藤沢村が高遠町に編入する。  
昭和34年 4月01日     美和村と伊那里村が合併して 「長谷村」 となり、現在に至る。
昭和39年4月01日   河南村が高遠町に編入し、現在に至る。  
昭和40年4月01日 西春近村が伊那市に編入し、現在に至る。    

 
 
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