井月の俳句作品紹介
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更新日:2019年4月1日
橋爪玉斎による井月の肖像画
選者・解説:信州伊那井月俳句大会実行委員
菜の花の小径を行くや旅役者(なのはなのこみちをゆくやたびやくしゃ)
前夜に見た芝居の興奮が冷めやらぬ朝。ふと菜の花畑に目をやると、次の芝居の地へ向かう旅役者の一行が。芝居のあでやかさと、菜の花畑の鮮やかさの対比が絶妙。
ひとつ星など指さして門すずみ(ひとつぼしなどゆびさしてもんすずみ)
宵のひとつ星が現れるころ。まだ誰も家に入る気にならない。門のあたりに誰となしに人々が集まって夕涼みの至福のひと時を過ごしている。ひとつ星により涼しさ美しさも加わる。
降るとまで人には見せて花曇(ふるとまでひとにはみせてはなぐもり)
花のころは来客が多く、接客のための料理・案内・送迎など忙しい日々となります。朝、空を見ると雨が降りそうな様子。洗濯物を外へ出せずに外出しますが、帰宅するまで降らない日々が多いこと。この句は最初に覚えた井月句で、強く共感しました。
春の野や酢みそにあはぬ草の無(はるののやすみそにあわぬくさのなし)
遠来のお客様をもてなす際、芽の出たばかりの甘草やタンポポの葉の酢味噌和え等を出すと、大変珍しいと喜ばれます。酢味噌和えを乗せる器は、古い蒔絵の御重を使い、筆で書いたこの井月句を添えました。春にぴったりの句です。
蝶に気のほぐれて杖の軽さかな(ちょうにきのほぐれてつえのかるさかな)
伊那谷の田畑の畦道を歩いていて、小さな蝶が飛ぶ姿を見て、心が明るくハッピーになって、杖がいつもより軽く感じられたのです。(参考文献:井月句集、復本一郎編)
霜除ける菊や小庭のしき松葉(しもよけるきくやこにわのしきまつば)
飯島町聖徳寺の第十三世宗誉宣豊上人様は俳句を通して井月と交流があり、井月の日記にも酒・茶漬け・無人と記されているほか、寺には井月の残した軸物や短冊が残っている。当寺庫裏に井月の座があったというほど寺との交流は深かった。映画「ほかいびと」にも寺が放映されました。
柳から出てゆく船の早さかな(やなぎからでてゆくふねのはやさかな)
柳から出てきた船の速度が感じられる写生句。
虚子の名句に「流れゆく大根の葉の早さかな」という写生の極致とも言われる句と対比してみると興味深い。
井月の情景が、今の情景に重なり目に浮かぶよう。伊那市入船の船着き場の景だろうか。
何処やらに鶴の声きく霞かな(どこやらにたづのこえきくかすみかな)
井月の辞世の句と言われる。朦朧とした境地にありながら、霞の中に鶴の声を聞いた井月の魂が、自然に溶け込むように大往生を遂げたのだろう。井月の生涯を象徴する心にしみる一句。
若鮎の瀬に尻まくる子供かな(わかあゆのせにしりまくるこどもかな)
子どもらが、着物の裾をからげ尻まくりして天竜川の浅瀬に入り、魚とりをしている情景。かつては天竜川にこうした情景がよく見られた。季語は若鮎で春の句。
迷い入る山に家あり蕎麦の花(まよいいるやまにいえありそばのはな)
山道に踏み入り迷って歩いていくと一軒の家がある。その近くの畑に蕎麦の花が一面に咲いていた。現在の伊那の里にもよく見られる懐かしさのある情景。季語は蕎麦の花で秋の句。
船を呼ぶこえは流れて揚雲雀(ふねをよぶこえはながれてあげひばり)
この風景は、戦後各地で見られましたが、今ではほとんど架橋され、めったにみられない景色となりました。
晩春の船着き場、対岸にいる船頭を呼ぶのだが、たまたま川風が吹いていて揚雲雀の声は聞こえても、呼び声は風に流されて消え、船頭に届かない。井月が呼んだのか、他の客が呼んだのか定かではないが、臨場感のある適格な写生句だと思う。
乗合の込日を鐘の霞けり(のりあいのこむひをかねのかすみけり)
普段はそれほど騒がしくない船着き場だが、この日はどこかで催しがあったのだろうか乗船客の列ができ、また我先にと乗り込もうとして混み合っていた。
出船の合図の鐘か、寺の鐘かその音も霞むほどの喧騒だったのでしょう。
人々の暮らす姿や風景をさりげなく読む井月俳句の中でも秀句だと思う。
天竜や夏白鷺の夕ながめ(てんりゅうやなつしらさぎのゆうながめ)
今も昔も変わらない天竜川の流れ。白鷺が飛び涼しさが伝わってくるような句です。
落ち栗の座を定めるや窪溜まり(おちぐりのざをさだめるやくぼだまり)
現代の俳句にも通ずる句と思います。落ちた栗が転がってちょうど窪溜まりに止まった居場所のある安堵感を感じます。
手枕の児にちからなき団扇かな(てまくらのこにちからなきうちわかな)
井月の俳句の良さが今一つ分からない私でも、この句からはその情景が、はっきりと、しかし柔らかく浮かびます。団扇の動きはやがて止まるかもしれません。はたりと落ちるかもしれません。母子の情愛が時を越えて伝わってきます。そこはかんとない艶やかさも。
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