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伊那市の古い地名調査の取り組みに至るまで

更新日:2019年1月4日

 私の暮らす伊那市西箕輪中条地区からは、東に南アルプス連山を一望でき、西には中央アルプスの山麓が広がる標高およそ800mの地域です。平成11年(1999年)に「景観形成住民協定」を締結し、看板の規制や自動販売機の設置禁止、建物の高さ制限を設けるなど、地域をあげて景観保全の取り組みを始めました。そうした先進的な地域づくりが誘因となって市外、県外からの移住者が急増しました。ところが移住してきたみなさんは当然ですが地域のことを知らない、地名も古くからの住人や屋号もわからない、という話が会合のたびに出てきていました。一方で古くから住んでいる私たちも、農業や林業などで生計を立てていた時代と異なり、毎日が車で出勤するサラリーマンとなり、同じように地域の地名や歴史などが生活のなかから次第に消えていくことが気になっていました。
 中条地区には生産森林組合で所有する広大な山林があります。年に2回ほどある「山人足」でも、「何月何日の朝7時に「○○○○」に集合。持ち物は弁当と鉈と鋸、チェーンソー」と連絡が来ても、「○○○○」がどこなのかと若い人たちはちんぷんかんぷんです。山の地名には「たこおちば」、「四別等(しべっと)」、「大落(おおとし)」、「くそおとし」、「御射山」、「飛渡(とびっと)」、「すもっか」・・・と知らない不思議な地名が出てきます。年寄りに聞かなければわかりません。地名が生活と直結していた時代は、炭焼きや柴かき、伐採、植樹、育樹、山菜採り、キノコ採りなどの作業や四季の楽しみが、地域住民の共通の「ことば」として成り立っていたわけですが、山や沢に生活の糧や遊びの場を求める必要がなくなり、生活の変容とともに地名の存在が薄れ、次第に消えていったのです。
 地名は一度消えたら二度と戻ることはありません。地名やその由来を知る古老がいなくなれば調べる術はありません。そこで私たちは、古い地名(現存する地名)を記録に留めようと、移住してきた新住民と、古くからいる旧住民とが一緒に地域の地名を調べることになりました。まず地域を足で歩くことで、現地で説明を受け写真を撮りメモに残す作業です。地区内をお年寄りたちに案内してもらい、小学生から中学生、40代から50代の新住民と旧住民が「ふるさと再発見・中条カントリーウォーク」と称して、4年にわたり山麓の里山から地区内を隈なく歩き記録をとりました。講師はお年寄りのみなさんです。現地に行くとおじいさんやおばあさんの経験、記憶は鮮明に蘇ってきます。そして農作業の終わった冬期間には、お年寄りたちに公民館に集まってもらい、炬燵にあたりお茶を飲み漬物を食べながらの採話です。すると「たかしちゃ(年寄りたちが呼ぶ時の私の名前)、もう10年早く始めればもっと詳しい爺さんがいたに」と何度も言われながらの作業は楽しいものでした。複数人の記憶を手繰っていくとかなり正確な記録になってきます。今になれば協力していただいた当時のお年寄りのみなさんは、すべて泉下の客、黄泉の人となってしまいましたが、こうして完成したのが「中条村ものがたり」第1話、第2話です。平成17年(2005年)11月のことです。
 「中条村ものがたり」を作成してから数年後、民間企業の会社員だった私が突然伊那市の理事者として迎えられ、収入役として仕事をするようになったときも、「中条村ものがたり」の伊那市版を作りたい。早く地名調査の記録を残さないと伊那市内の地名が消えてしまうと考え、当時の伊那市教育委員会に調査を持ちかけました。しかし「うーん」と言ったきり沈黙です。何度か話しましたが全く動きは生まれません。そうこうしているうちに私は伊那市の副市長となり、平成22年(2010年)に伊那市長となりました。ようやく「古い地名調査」を実行に移す機会が訪れたのです。調査の推進母体は伊那市内に84ほどある公民館分館の事業でと考えたのですがそう甘くはありませんでした。それぞれの分館では一年間の行事に忙殺される上に、さらに古い地名調査を加えるなど無理だと言われ、計画の推進は難航しました。「市長はとんでもない仕事をやれと言う」、「地名なんて調べようにもやり方がわからない」、「どうすればいいのか・・・」と当初は怨嗟の声が聞こえてきたのですが、暫くすると「市長はこんな面白い調査を何故もっと早くやらなかったのか」、「地域をよく知る年寄りが亡くなってしまった」、「もう10年早く始めれば良かったのに」とどこかで聞いたような声もありました。また高齢者のみなさんからは「年寄りの出番がある。年寄りを頼りにしてくれる。ありがたい」、「自分たちの地域の歴史を若い衆に伝えることができる」など、怨嗟から共感、賛同に次々と変わって行きました。また古い地名の調査を進めるにあたり、竹松亨先生に全面的に任せることができたことは、地道で息の長い取り組みを完成させる、ある意味では天命でもありました。
 都合7年がかりの伊那市内84地域の取り組みは、「古い地名調査」の本にまとめられ、それぞれに地域の宝として、手作りのバイブルとして活用されることを願っています。こうした仕事は、極めて正確無比を求めては最初の一歩がでません。一度消えたら二度と蘇らない地名を、今の時代の記録にまず残す。そこに暮らす専門家ではない市井人が、地域のことを自分たちで調べて記録にまとめる。こんな知的な遊びが伊那市の古い地名調査なのです。

伊那市長 白鳥 孝

日本地名研究所 平成31年1月 寄稿文

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