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燻製づくり

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更新日:2014年10月1日

 伊那市長 白鳥孝

登山とイワナ

 信州の伊那育ちのせいか、趣味は登山と渓流釣りです。学生時代から北海道の大雪山系から日高山脈の渓流に巨大イワナのアメマスを求め、また新潟の早出(はいで)山塊、山形の朝日連峰の渓谷に巨大イワナのニッコウイワナを狙い、また中部山岳の深山幽谷にヤマトイワナを訪ねる山行スタイルが続いています。さすがに近年は厳しい山行はできなくなりましたが、気持ちは常に山と渓に向いています。そして時々は近くの渓流からイワナ、アマゴを釣ってきては、刺身・塩焼き・みそ焼きで仲間と会話を楽しむ時間も作っています。今回はそうした遊びのなかで、比較的贅沢な、しかも時間のかかる燻製づくりについて話をさせていただきます。

優雅なひととき

 食材は油がのってパンパンに太った2匹のアマゴと、25cmほどの7匹のイワナが燻製づくりの材料です。始めてしまったら後には引けない燻製づくりは、実に根気がいる作業で、完成までに都合3日はかかります。まずは仕込みです。丁寧にイワナのぬめりを塩で落とし、おなかの内側やエラの中にも塩を丹念にすり込みます。次に日本酒をびたびたと、イワナの体が隠れるまでバットに注ぎ込むのですが、私はやや高めの日本酒を使っています。安い燗冷ましでいいと言いますが、それではイワナに申し訳ありません。ネイティブのイワナには地元のいいお酒を使うことを礼儀としています。ものの本では、このような単に「塩と酒で漬ける」大雑把な方法ではなく、「塩と胡椒、シナモン、ニンニクなどの香辛料、お酒はきちんと分量を量ってブレンドした液(ソミュールというらしい)」に漬けるとあります。でも私はこの方法しか知りません。
 日本酒に漬けることまる一日。次に流水で塩と酒を洗い落とす作業になります。そして、ほどよく塩と酒の味が残ったイワナとアマゴを、クッキングペーパーで丁寧に水分を拭き取り、楊枝を使ってお腹を広げます。それから猫、カラスの目を避けてネット付のかごに入れて風通しのいい日陰に干します。塩をすり込んでからすでに2日です。この間、燻製づくりがすべての行動を優先しますから、休日はしっかりとこれに使うことになります。どうもこの燻製づくりは、よほどの決心をして臨まなければできない、時間の流れが緩やかな、とても贅沢な料理かもしれません。
日陰干しが終わると次に燻製器にイワナを入れる工程になります。燻製器といっても、一斗缶を加工した簡単なものです。イワナをぶら下げて蓋をすると、いよいよ燻製の始まりです。世間ではスモークウッドと呼ばれるナラ、ブナ、サクラ、リンゴなどのチップを使うのがオーソドックスのようですが、私のレシピには、お米とザラメ砂糖、紅茶が登場します。煙り出しにお米、飴色を出すのにザラメ砂糖、香りつけに紅茶と、いたってシンプルです。ソミュールの繊細さと、スモークウッドの優雅な煙とは大きく異なります。登山用の携帯ガスコンロを一斗缶の下に置いて、ひとつかみのお米を缶の底に放り込みます。熱せられたお米からもくもくと煙が上がると、つきっきりで火加減に気を遣う重要な工程に入ります。立ち上がる煙と漂ってくるイワナの香りが、贅沢な時間のなかにいることを感じさせてくれる楽しい時間です。家のまわりを怪しげな煙が包み込みます。庭ではもくもくと上がる煙と、燻製の香りで充満し、玄関先につながれている番犬の柴犬が、小屋から顔を出しては、不安げにこちらを見ています。ときどきお米と紅茶を一斗缶に追加して、登山用のガスボンベがいくつも空になっていきます。

至福の味

 回覧板を持ってきた近所のおばあさんが「あれやだよ、こんなに煙が出て、こりゃあなんずら?」宅配便のお兄さんは「いったいこれは何の煙ですか?」とたずねます。これは貴重な渓流魚のイワナとアマゴの燻製をつくっていること、お米を使ってスモークする贅沢な方法であること、ここまでくるのに3日もかかっていることを、少し得意げになって説明します。するとそこに母がやってきて、「もう3日にもなるのに、まだ燻製は食べられないのかね?」といいます。「そうだね、ぼつぼつ良いかもしれないね」
 いよいよ待望の完成です。ガスボンベの火を止め、一斗缶から燻製を取り出しました。アマゴは油がにじみ出て、おいしそうな飴色に輝いています。小ぶりのイワナを取り出して味見をしてみます。頭の方からかぶりつきます。「うま~い!」ほのかな塩加減と、お米のうま味が絶妙にまざり合った、贅沢な味が口の中いっぱいに広がります。3日間も手間隙かけてきた至福の味です。冷たい清流で身がしまったイワナは油ののった見事な味を放ち、まさにイワナとお酒が、煙という触媒を通して醸し出す味のハーモニーです。
 燻製づくりは時間がかかりましたが、家族にも、仲間にも思い出深い記憶を分けることができました。そして煙と燻製の向こうに、なかなか行くことのできなくなった渓流と、そこに躍るイワナを想像できたことが何よりの幸せでした。まあ、燻製づくりは今の私にとって、ささやかな愉悦というものでしょうか。

全国市長会 発行 「市政」2010年8月号 掲載

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