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たき火通信 其の七十八

更新日:2017年1月1日

飛騨ブリ

 春5月、木曽町で会議のあったときのことです。会場の近くの林でコシアブラを見つけました。一緒に居合わせた高山市の國島(くにしま)市長が「ほんとだ、コンテツだ」と言うと、「うちの辺りではコンゼツと言います」と木曽町の原町長が話します。「随分と似通(にかよ)った呼び方ですね」と私が返すと、「それは、飛騨高山と木曽は昔から飛騨ブリでつながっているから」と、街道を通じて昔から食文化や人的な交流があったことを話してくれました。
 新年を迎える大晦日(おおみそか)、お年取りには寒ブリを食べる習慣は伊那谷にもあります。木曽や伊那にはどのようなルートで入って来たのでしょうか?運搬方法も牛・馬なのか、人力によるものか興味はつきません。
 寒ブリは12月頃から能登半島の富山湾氷見(ひみ)あたりで獲れ、船で岩瀬浜(いわせはま)へ集められたそうです。そこでしっかりと塩蔵(えんぞう)され、神通川(じんづうがわ)を船で遡(さかのぼ)って運ばれます。さらに牛や馬の荷駄(にだ)で飛騨高山まで来たブリはここで「飛騨ブリ」と命名されブランド品となります。そこからさらに人力によって野麦峠を越え信州奈川(ながわ)に、ここで松本方面と木曽・伊那方面に分かれます。奈川からは境峠(さかいとうげ)を経て木曽へ運ばれたそうです。12月の中下旬の事ですから峠道は積雪も多く、また極寒の厳しいなかの人力による歩荷(ぼっか)作業であったと思います。一方飛騨高山から直接長峰峠(ながみねとうげ)を越えて木曽に入るルートもありました。野麦を越えたブリも長峰を越えたブリも、伊那谷へは権兵衛峠を越えて入っています。
 ブリは「イナダ→ワラサ→ブリ→トド(とどのつまりのトド)」などと名前を変える出世魚です。庶民にとっては一年に一度の贅沢な食べ物とされた飛騨ブリです。幼い頃、大晦日の大掃除のあと正月準備も終わり、家族そろってお年取りをする光景に、小さいながらも粕汁(かすじる)に入ったブリの切り身が浮かんでいたことを思い出します。
 平成29年1月 白鳥 孝

高山市風景(写真)
「飛騨の小京都」高山市は国際観光のメッカです

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