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たき火通信 其の三十七

ページID:799697262

更新日:2014年10月1日

北沢峠にある長衛翁のレリーフ

北沢峠にある長衛翁のレリーフ

長衛の小説が「山と溪谷社」から出ました。著者は前伊那市職員 松尾さんです。

長衛の小説が「山と溪谷社」から出ました。著者は前伊那市職員 松尾さんです。

南アルプス開拓の父

北アルプスの山案内人には、イギリス人宣教師ウェストンを案内した上条嘉門次(かみじょうかもんじ)や、秩父宮妃殿下を「おかみさん」と呼んだ小林喜作、「常(つね)さ」で知られる内野常次郎など日本の登山史に残る名ガイドが数多くいます。一方、南アルプスにも信州の竹澤長衛(たけざわちょうえ)、甲州の清水長吉・名取治太郎などの山案内人の名が見えるものの、その活躍した時代や功績などはあまり知られていません。わずか仙丈ヶ岳・東駒ヶ岳の登山基地となっている北沢峠にある「長衛荘」に長衛の名前をとどめているに過ぎません。竹澤長衛は旧長谷村戸台(現伊那市長谷戸台)に明治22年(1889)に生まれました。狩猟・山案内人などをしながら薮沢(やぶさわ)新道・双児山ルートなどの登山道を開拓し、また北沢の長衛小屋・薮沢小屋を建設して「女性でも安全に登れる山」を目指して活躍しました。自然保護を強く唱え、世間は竹澤長衛をして「南アルプス開拓の父」と呼ぶようになりました。よく知られる話に「梅谷光貞長野県知事を案内して南アルプスを縦走」し、また三高(京都大学)の西堀栄三郎・桑原武夫らを案内して、スキーによる北岳初登頂を果たしています。さらに昭和7年に京都大学の今西錦司・西堀栄三郎らと樺太探検に出かけているのも長衛です。長衛は昭和33年3月に逝去しています。長衛を知る岳人、地元山岳会、地元長谷の人々を中心に、昭和34年に「長衛祭」が開催され、登山の安全と遺徳を偲(しの)んで碑前祭、記念登山が今日まで行われてきました。そして今年は55回の記念の年となります。いま南アルプスは竹澤長衛に再び光があたり、そして来年は国立公園に指定されて50年、さらに日本ジオパーク認定、ユネスコエコパーク申請、世界自然遺産登録と、ますます熱くなっています。

平成25年7月 白鳥 孝

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電話:0265-78-4111(内線2131 2132)

ファクス:0265-74-1250

メールアドレス:his@inacity.jp

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