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たき火通信 其の四十九

更新日:2014年9月16日


艶三郎の井(分水工)

艶三郎の井

 伊那中学校の西方、陸上競技場を少し北に行ったところに「艶三郎の井(つやさぶろうのい)」があります。その昔、水不足のために毎年のように水争いを繰り返す村人の惨状をみて、「自分の命と引きかえに横井戸を掘り、農民の苦しみを救うために水を出させて欲しい」と神に誓った御子柴艶三郎(1852から1899年)が掘ったものです。現在は円筒形をしたコンクリート製の分水工(ぶんすいこう)に変わり、夏には冷たい水が滾滾(こんこん)と湧き出して、上荒井地区の田んぼを潤(うるお)しています。
 今年の3月に卒業した、伊那小学校6年礼組(れいぐみ)の子どもたちから手紙をいただきました。総合学習で御子柴艶三郎の研究をしてきたこと、地域の偉人をもっと知って欲しいこと、看板が古くて文字が見えないことなどを認(したた)めた手紙と、子どもたちの研究内容を送ってくれました。「先人の努力があったから今の私達の生活がある。忘れずに生活をしていきたい」とありました。
 「艶三郎の井」のあるところは、地形的にいうと小黒川断層にあたります。そしてここは広大な扇状地の扇端(せんたん)にあたるところです。井戸は横井戸と呼ばれ、山側に向かって何十メートルも何百メートルも掘って水を集めます。こうした横井戸は「マンボ」と呼ばれ、その起源は遠くサハラ砂漠やイランに始まるといわれています。砂漠の地中に水を求めて「カナート」という横井戸が、長いものは数十キロにも及びます。そしてその技術がシルクロードを伝わり、中国新疆(しんきょう)あたりへ、そして朝鮮半島を経由して日本に渡ったものが「マンボ」です。
 明治32(1899)年に御子柴艶三郎は、約束どおり自刃しています。今は中学生になった「礼組」の生徒たちの手紙にあった、「先人の努力があって、今に生かされている」という言葉を改めて嬉しく思うのです。
 
平成26年8月 白鳥 孝

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