伊那市

たき火通信 其の七十六

更新日:2016年11月1日

伊澤修二先生の引っ越し

 東京音楽学校の初代校長は高遠出身の伊澤修二、学校は明治20年(1887年)の創立です。そして昭和24年(1949年)に東京美術学校が一緒となって、日本で唯一の国立総合芸術大学、東京藝術大学が誕生しました。伊那市と東京藝術大学は、伊澤修二先生が東京音楽学校の初代校長であった関係から、私や教育長などが年に3回ほど訪問して、学長や学部長といろいろな打ち合わせをしています。
 私が最初に東京藝術大学を訪問した8年ほど前のことです。伊澤修二先生の胸像があると聞いていたので探しました。構内の数多(あまた)ある胸像をさんざんに探したところ、構内の奥の木の下にひっそりとありました。そこは学生も教授も通るところではなく、それこそ森閑とした寂しいところでした。
 あるとき、何回も伊那に来ていただき、コンサートや子どもたちの音楽指導をしていただいていた澤(さわ)音楽学部長(現・学長)に思い切って話しました。「伊澤修二先生の像は、あまりに寂しいところにあるので、もう少し目立つところに移すことはできないでしょうか?」さあ、それからが大変です。澤学部長はさっそく宮田学長(現・文化庁長官)に話してくれました。宮田学長はさっそく教授会を開き、さまざまな検討をしてくださったそうです。結局、奏楽堂(そうがくどう)の南側の最高の場所に移すことになりました。ところが、そこにはあの有名な「ベートーベン」の胸像がありました。先生たちは楽聖(がくせい)とも称される大作曲家ベートーベンをどかしていいものかの議論になったようです。
 畢竟(ひっきょう)、「ベートーベンは56才で亡くなるまで、70回以上の引っ越しをしていた。従って引っ越しが1回くらい増えても問題ない」と洒落(しゃれ)た結論を出していただいたのです。伊澤修二先生の胸像は今年の4月14日、音楽の殿堂である奏楽堂を凛(りん)としてみつめながら、一番のメイン通りに移りました。そしてこの11月、その横にふるさと高遠の桜、タカトオコヒガンザクラが植えられる予定です。
 平成28年11月 白鳥 孝

伊澤修二先生(胸像) 東京藝術大学にある伊澤修二先生の胸像

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