伊那市

たき火通信 其の百二十二

更新日:2020年9月15日

117年の糸 松本楼(まつもとろう)

味噌ねぎのメンチカツの写真 老舗の滋味深いメンチカツ(写真提供:日比谷松本楼)

 人の縁とは不思議なものです。会うべくして然る所で出会い、ふたたび人の縁で別な人に繋がって出会う。まるで神様の思いつきか深謀(しんぼう)遠慮(えんりょ)か、時として時空を越えた出会いがあるものです。

 小坂敬(こさかけい)さんは83才、東京銀座の顔役で、東京生まれアメリカ育ちのジェントルマンです。銀座4丁目に暮らし社会的な肩書は数知れません。小坂さんの先祖は、伊那市西箕輪中条出身で、敬さんは小坂姓の祝(いわい)殿(でん)の祭事には毎年中条を訪れています。遠い先祖の墓のある伊那にいつも心を寄せていただいているのです。その小坂さんが昨年、先祖の生まれた伊那の地を見せようと、姪の小坂文乃(こさかあやの)さんを連れて来ました。
 小坂文乃さんは、東京日比谷公園にある「日比谷松本楼(まつもとろう)」の4代目に当たる女性社長です。松本楼は明治36年(1903年)に当時としては珍しい西洋料理のレストランとして、日比谷公園内に誕生しました。霞が関の中央省庁に隣接し銀座も近く、地の利の良い静かで落ち着いた雰囲気に建っています。開店当時から政界・財界の要人が来店し、なかでも中華民国(台湾)の父とも呼ばれ、辛亥(しんがい)革命(かくめい)を起こした孫(そん)文(ぶん)の強力な支援者が、松本楼の関係者であった話は有名です。ある時、松本楼を訪ねた時の事です。「ちょうど、前の総理大臣の福田(ふくだ)康夫(やすお)先生が見えているから紹介しますね」と文乃さん。今でもこの店には要人が普通に来ているのです。
 
 そんな文乃さんは、伊那の森林と日比谷公園の森とのコラボレーションができないか?伊那の食材を使った「伊那市フェア」を松本楼で開けないか?ともかく伊那を応援したいとの思いが募(つの)り、市役所・JA上伊那・ミドリナ委員会のメンバーを交えての取り組みがスタートしました。

 さっそく誕生した第1号は「ねぎ味噌とカレー味噌のメンチカツ」です。味噌は伊那市に本社のあるハナマルキの味噌を使い、松本楼のシェフが試作を重ねて、オリジナルコラボの新商品が完成したのです。明治時代の糸が117年の時を経て、再び東京と伊那を往き来し始めたのです。

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